2016年8月
2020年2月補足
2023年4月一部編集して再掲載
これは過去に調べた「Z432 Z432Rの生産台数について検証する」を再掲載するものです。未だに問い合わせを頂く事がありますので、特に新しい事実が出てきたわけでも無いのですが再掲載させていただきます。興味のある方だけどうぞ。
フェアレディZ(S30系)も今年(2023年)ですでに生産開始から50年以上経過してしまいました。今だ、私を含め乗っている方が世界でも大勢いらっしゃるようで、富士SWで行われるイベントや各地での旧車イベントに集まるZはものすごい台数です。
あの様子を見ると本当にこの狭い日本のどこに普段は休んでいるのだろうと感心してしまいます。
S30まで含めるとこのように膨大な台数になるのでしょうが、私の探求しているPS30はイベント等でも少数で生産台数の少なさを感じます。
PS30の生産台数は果たして実際にどの程度あったのでしょうか?ここにきて知り合いの方々からのネットワークなどから生産側にいらした方などからもお話を伺える機会に恵まれ情報も増えたものですから、今一度Z432の生産台数などについてわかりやすくまとめておこうと思い、過去の現存データを整理してみた次第です。
生産台数については今まで○○〇台!と台数のみ出ているものが多く、このようになっているからこの台数、というものがありませんでした。一覧表にしてみると意外と面白いことがわかったりするものです。432の生産、またZ432Rの台数に興味のある方は参考にしていただければと思います。
表の説明
今回はZ432の車台番号1番からラストの100008番まで全ての432生産について連番で一覧表にしてあります。
●R
この項目に「R」が付く番号は確認されたR車両、オレンジで塗られただけの番号は、Rとは確認されていないものの、前後に432Rが生産されていて、ノーマル432の登録が確認できない車両です。Rは連続生産※が特徴ですので432の登録がなければRの率が高いのです。
※連続生産 これは私も参考にさせていただいておりますが、カーマガジン誌204号のR特集で(素晴らしい432R特集です)Rはラインから抜きだし連続して作られた、ということが記載されておりました。
確かに今回のような一覧表にしてみるとそれがわかりやすく、本当にまとめて生産されていることがよくわかります。表で確認して見てください。
-補足-
Rの生産は昭和45年の早い時期から始められ、73番から81番の9台が最初に作られたのではないでしょうか?
その後少し間をおき、122番から130番の9台、186番から194番の9台、215番から223番までの9台と日産がレースに432を投入するために気合が入っていた時期には9台を4回、36台(推測台数です)を一気に作ったものの、レースで思うような成績を上げられず失速、259番から264番ではとりあえず6台に減らすかな・・・・、289番から293番では5台にしとこう・・・と台数も減少していき、最後と思われる309番から313番の5台で432Rを見切ったのでしょう。ただし、この最後の309~313は生産したかどうかも微妙です。最後の5台のうち1台でもRとして残っていれば確実なのですが、ここでのRが現在確認できないので、単に432車両が廃車されてしまったのか、実際にRだったのかが判別ができません。
でもポカリと空いた5台のスペースはRが隠れていそうで怪しい部分です。
もし番号73、81、122、194、293、309,313番の車両(端の車両)をお持ちの方がいらしたら432かRかの連絡いただけないでしょうか?一台でも種別がわかればはっきりするんですよね。
あと表を見ていただければわかるように、レースカーとして売れたのは前半に作ったRだけで、後の生産のRはほぼ売れ残り一般登録されています。やはり高額でレースに勝てない432より、扱いやすく安い(432と比較して)240Zがいいのは火を見るより明らかで、レース関係の皆がそのように思い動いていったのでしょう。
そして432の生産自体もピーク(S45年生産が最多)を過ぎ、車両もマイナーチェンジが行われた昭和46年3月には、カタログから写真が落とされてしまうという扱いを受けるまでになってしまったのです。
日産のもくろみとは裏腹にレースで成績を残せなかった432Rは大量に売れ残ってしまい、昭和47年になって大量の不良在庫車となっていたRを日産中古のルート等を使い、車によっては当時の新色(ブルー)なども用いて塗り替え、中古車として処分していったと思われます。432Rの登録がすべて昭和47年なのはこのような経緯によるようです。一説によりますとこの時の価格は100万を大幅に切る投げ売り状態であったと関係した方からは聞いております。今だったらまとめ買いしておきたいところですよね。
※ネガティブなことばかり記載しておりますが、レースではなくストリートでの432Rはとても魅力のある車だと確信しております。レースでは高回転域のある回転域で振動が発生し、その回転域に長くとどまるとミッションのドレンプラグの穴等からクラックが発生しオイル漏れ→リタイヤというケースが多かったと聞いております。
リブを入れたりケースの強化を図ったり対策を行ったようですが改善されることはなく、それに対して240エンジンとは相性がよかったようで振動も起きなかったようであり、結果432R軽量ボディのみを使用した240レースカーが主力となっていったのです。
432もストリートではそこまで回さないでしょうし、エンジンの振動の問題はあまり関係ない部分と思われます。(デフの後退角の問題はあると思いますが・・)残念ではありますが、レースには合わなかったということなのでしょう。
●現存確認 項目について
今回の現存車両には過去に車台番号のみで販売されたような車も「確認」としていますので、かなり微妙な車も入っています。とりあえず確認できた番号をカウントしています。
尚、「現存確認」では過去に私と同じようにZ432の現存車両に興味を持たれた方のデータを引用させていただき、昭和50年代に432、もしくはRとして登録されていた車両で、そして現在では確認できない(出来ていない)車両を「前有」と記しています。
R登録の欄を見ていただくとわかりますが、この調査当時はたくさんのRが一般登録されていたことが読み取れます。本来のレース目的には使われず、実際には売れ残ってしまった!という事が前に調査をしていただいた方の資料からよくわかるのです。
また過去の調査は、432の販売が始まってから10年弱の時点で行われた調査だったようですが、すでにこの時点で廃車になってしまっている車体も多くあったようです。事故で廃車になる車もあったのでしょうし、何らかの事情で一時抹消した車もあったと思われます。今よりも車の寿命が短かった当時の話ですし、今よりは廃車になり易い時代でもあったのでしょう。
でも昭和の調査の時点での調査は本当にありがたい事でした。これをやって頂けなかったらこの車の調査はここまで進まなかったかもしれません。今よりたくさんの432が生きていた事もわかる貴重な資料です。
Z432・Z432R生産一覧表 (PDF)
※この生産一覧表は原則として更新は行いません。2023年4月現在で今回の検証の資料のためだけに作成しています。
別にある「現存車両表」とは台数や番号に違いがでます。
最後に 生産一覧表から生産台数を推測・・・
生産台数を足していくと(432R含む)
最初期モデル・・・72台
45年ボディ初期モデル・・・・278台
432中期モデル・・・・44台
432後期モデルⅠ・・・・14台
432後期モデルⅡ・・・・14台
432後期モデル(240ボディ)・・・・8台
432の総生産台数は430台(計算上)
ただし最初の10台は登録が行われなかった車体かもしれないので実際には420台程度かも。
S30Zの開発当時の記録を日産OBの植村さんが記し出版された「フェアレディZ 開発の記録」(東京図書出版)には432の試作車両も数台作ったとあり、それは一次試作車、二次正規試作車、三次試作車、生産試作車とたくさんあるようです。
最後の生産試作車は昭和44年7月ころ日産車体で生産していて、これを広報、宣伝、サービス部門に配ったとあります。
この試作時点ではおそらく車台番号は刻印されていないとの話もありましたので432の最初の10台はどのような車両だったのでしょうか?登録されなかったと思われる10台の疑問は残ります。
因みに1969年10月頃にアメリカでテストされた車両(240Z)は、最終の生産試作車だと植村さんは言っておられましたが、アメリカで公道テストをする際でも車台番号が刻印されない車両で許可が下りるものなのか、そのあたりでも疑問を感じます。サービスマニュアルに使われた車両には車台番号が振られていたのですから、もしかしたら最終試作車の段階から車台番号は刻印されたとみるのが正しいのかもしれません。
生産台数の話に戻りますが、ネットなどでは「Z432の総生産419台」と書かれた文章をよく目にしますが、私の思う、減らした「420台」からさらにあと1台はどの車両を引いているのでしょう。本当に生産台数には諸説ありよくわかりません。
さて次にRの生産についても計算してみましょう。上記総生産台数は432Rも含んでいる台数ですが、表の中でRがどこで生産されたかを見る必要があります。Rについては↑でも説明していますが、その台数は9台を一気に作ることを4回繰り返し、36台。
その後6台+5台の11台。最後の5台部分はRが生産されたか不明ですし、その前の9台の部分でも端の車がRの生産ではないかもしれないので、幅をもたせ
432の総生産台数のうちRは45台~52台程度生産されたのではないか?としておきたいと思います。
参考までに1971年5月の日本グランプリ ツーリングカーレース決勝にはZ432が11台、240Zが4台出てると記録が残っています。この「240Z」も車体はおそらく432Rの軽量車体を使ってエンジンをL型に載せ替えた元々は432車体であったのではないかと思われますので(確証は無いのですが)、上記Rの生産のうち15台程度の432(R)がこのレースだけでも使われていたと考えられます。
一般販売台数となりますと最初の1番~10番は登録もないように思えますので市販ではない形であったと思われますし、先の432Rがレースで消耗した車両、パトカーに使われ後に廃車された4~5台も(正式な登録車ではありますが)一般市販から除くとして、一般への販売は
430台から (車台番号1~10の10台 ・ レースで20~25台 ・ パトカー5台で) 35台から40台が引かれ
390台~395台程度が販売された台数?というところかと思います。
あくまでも個人的な推測台数にすぎませんが・・・
すでに車を生産した日産車体の中にも正確なデータが残っていないものと思われ、本当の総生産にはたどり着けないと思います。OBの方に聞いてみたのですがかなり前だから難しいとの返答。
このような資料を基にはじき出すしかないようなのです。
419台というのはどこから出てきた数字なのでしょう。それを示す根拠や資料を見たいところです。
それにしても 400台程度(およそ)が販売され、現在でも確実に130台以上、3割以上が残っているというこの車すごいものです。
その理由として考えられるのは
①日産からの部品供給が長く行われた。
②車体が大量に販売されたS30とほぼ共通だった。
③高額な車両だったので大切に保管された車両が多かった。
④エンジンが人気のあるGTRと同じだった。 等々
当時のトヨタ2000GTやコスモスポーツ、ホンダSシリーズ、トヨタS800等はみな専用ボディや専用エンジンが多いのに対して432は世界的に大量に売れたボディだったことが幸いしたのでしょう。
しかしながらそれはボディの入れ替えや切り貼りも可能性としてはあり得るという事です。実際にそのような事をして生きながらえている432も存在するようです。
また432仕様として販売されている車両も近頃見かけますが、信頼の後期ボディにS20という組み合わせ、それはそれで楽しく走らせることのできる良い車ではないかと思われます。
昭和の40年代の話となりますと、既にメーカーにも生産時の細かな資料は残っていないでしょうし、それをしっかりと記録し残そうともしていなかったように思われます。自動車工業会の資料にしても旧運輸省の登録状況の記録にしてもアナログの記録でしょうから、今になって調べるにしても限界を感じます。正確な生産台数に迫るのは難しいところです。
※生産台数、現存車両の情報をお持ちの方、またこの推測台数にご意見などございましたら連絡いただければと思います。
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